Fuluka’s blog

音楽、映画、料理、旅について書いています。みんな読んでみてね。

なつかしドラマ「無脳シリーズ」第5話〜ペイブメントは、夜更けの通り雨。〜

「ユウサク、おはよう!」おれを下の名前で呼ぶ女子は、ミズミだけだ。おれがたまに陸上部の朝練に行くと、下駄箱で出会う。ミズミはいつも、そのときは、吹奏楽部の大きなカバンを持っている。「うん。」
チラ、とミズミを横目に見て、決して「おはよう」とは返さない。それは恥ずかしいからじゃない。そのままおれは校庭に駆け出す。

「ユウサク、今日はコンビニ寄って帰ろうぜ。」「あー、いいよ。」
もう冬だから、日が落ちるのが早い。日が落ちかけた学校の雰囲気は、嫌いじゃない。
「じゃあな、また明日。」
友達と別れて、また歩き出すと、後ろから声が聞こえた。「ユウサクー!一緒に帰ろっ!」ミズミだ。嬉しくなんかない。「それ、持ってあげるね、私チャリだから」「あ、ありがとう」嬉しくなんかない。ミズミは、そんなんじゃない。
「もう冬だから、日が落ちるの早いね。」「そうだね。」自分の吐いた息が白くて、ミズミの高くやわらかい声が、近い。ミズミと二人になったことは、意外となかったから、ミズミの肩の小ささとか、水色のマフラーのフワフワした感じとか、ミズミの、不思議な甘い香りに、初めて気がついた。ミズミと今、二人きりなのか。
「そういえば、ミズミはバレンタイン、誰かに渡すの?」おれがそう聞くと、ミズミは一呼吸おいて、「ーーうん。」と答えた。ドキッとした。頭とお腹だけが、ふわっと熱くなる感覚がした。まさか、まさかな。「ーー寺坂くんに本命渡すんだぁ〜。ほんとに緊張する。」ミズミはそういうと、「あ、これ内緒ね!ユウサクだから教えたんだから!」と頬を赤らめ、ポニーテールをふわりと揺らした。「あっ、あ、そうなんだ!すごいなぁ。」必死に平静を装うために、へへっと笑ってみせた。今度は、頭の天辺から、冷たくて、黒く重いなにかが、身体中に流れていく。そうだよ。ミズミはそんなんじゃないし、全然、いいじゃないか。「二人だけの秘密だよ?」「う、うん。わかった。」少しだけ暗い顔をしてみせたかったが、今笑顔を解いてしまえば、少しだけ涙が出そうだった。
「じゃあねっ!ユウサク!また明日!」

次の日の朝練は、行かなかった。